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天然自然の真夏の夜の夢。。。温室化が加速され、
フェーン現象を伴う都会のクソ暑い夏の日々を「下界」と称するなら、
険しい山の頂に、ひっそりと透明な水をたたえる山上湖は、
まさにその文明の呪縛を解かれた、別天地としての「上界」。
駆け足で通りすぎる短い高山の夏の日々。
花たちはいっせいに芽吹き、咲きほこらんとするばかりに、
あたりを色とりどりの原生色で埋め尽くす。
様々なキラメキを持った昆虫たちが舞い、鳥が飛び交う、ほんの僅かなひと時。
この高地では最も美しい季節を迎える。一瞬だ。梅雨が明け、8月半ばの秋の気配を感じる
までのわずか1ヵ月にも満たないこの山上での「夏」の季節に、満月は1度だけ訪れる。
しかも曇っていれば、来年まで待たなければならないという特別な日。
今回はその奇蹟が訪れたのだった。
月齢15.0というほぼ完璧な満月の日に天候が荒れやすい山上が晴れるという・・・。
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8月1日、、八ヶ岳の奥深くにひっそりと水を湛える白駒池に向かった。
「山上湖で月を見る」という目的を携えて。
30年前に1度訪れ、原生林に囲まれ、人工的な手がいっさい入っていない標高2,115mの
この湖に、当時の最も多感な少年時代、何か特別に神々しいものを感じたもののだった。
その30年という歳月は、この湖をどう変化させたのだろうか? それにも興味があった。
自然の美しさを損なってばかりの「開発」が横行する中、
もはや過ぎし日の変わらぬ美しい光景は、山上に見いだす他はないのか・・・。
30年ぶりに湖のほとりに立った。嬉しいことに、目を覆いたくなるような「悪しき開発」は
それほど進んではいなかった。
確かにハイカーの数は増え、昼間はそれなりの観光客で賑わってはいたが・・・。
当時は訪れる人も少なく、ひっそりとしていた山小屋の前からボートに乗れ、
少々賑やかだったりとか、池を一周する遊歩道が整備された程度。・・・まだまだいけるぞと。
今夜は山小屋に一泊して、夜ゆっくりと月を見ようという計画だ。
思っていたように東側の山の稜線は低い。特に一個所、山と山のキレメがあり、そこから
月が出てきたら申し分ないなと下調べをしてから山小屋に戻り、夕食。さすがに満室の賑わい。
とにかく中高年夫人のハイカーが元気で、ほんとに増えているなあと思う。
月の出は水平線で7時34分。山だから、かなり遅れて見えてくるだろうと思ったが、
この美しく澄み渡った湖のほとりでゆっくりと待つことにした。
さすがに月を見ようなんていう者はまったくいず、ほとんどの客はそそくさと部屋に戻り
寝てしまったようだ。1時間たったが、月はなかなか出てこない。
山の稜線のどこから出るのか・・・。少し闇の中を懐中電灯で照らし歩いてみる事にした。
その時ふいに「月があった」。ギラギラと山の稜線の上にあった。
何かゾクッとする冷やりとした不思議なものを見るかのように、いきなり出ていた。
真東からかなりずれていたようで、ちょっとウカツだった。
しばらく歩き、ちょうど真正面に月が来る水辺のほとりに落ち着く事にした。
「下界」で見るよりは明らかに澄み渡った輝きを放つ月。風のない穏やかな夜。
ミラーレイクのような水面に、月はわずかばかりの「ゆらぎ」を見せながら、
完全に上下対象に写り込んでいた。
ときおりサザ波が立つと、美しい月光の照り返しを放つのだった。
高地特有のピーンと張り詰めたような夜の緊張感。鳥の囀りもカエルの声もない、
木の葉のそよぐ音すらもない、真空のような空間。
なんというシュールで不思議な光景なのだろう。
さすがに夜になると吐く息が白く見える程気温は低くなる。
この1日を逃せば、ゆっくりとくつろいで見れる場所ではないだろう。
奇蹟のように天から授かった1日。
月の光も闇の中に吸い込まれ、星々の輝きをそこなう大気すらないような凛とした強度の強い、
光ある夜の空間。ずっと自らのテーマであった、「オルタナティブ(もうひとつ別の)」なシーン。
それを求める為に、私は月にこだわっているのかもしれない。
月がもう一つの別の恒星(太陽)となり、新たな惑星に降り立った気分を味わえる。
それは、脳髄の一部だけを刺激するだけの中途半端なバーチャルや映像ではない、本物の大地だ。
天が唯一、地球に住む生物達に気まぐれに与えた、確かな現実の中でトリップできる、祝祭日。
今日は、15年もののモルトウイスキーと対峙しよう。
このシーンなら20年ものでも30年ものでも惜しくはない。
スコッチはこうして飲むものなんだよと酒は語る。
シュールな輝きを放つ空間は、その触媒で、より深く鮮やかに浮かび上がってくる。
数少ない目に見えるシーンでのトランス。
これこそが私が追い求めてきたもののひとつではなかったか。
夜の空間の中で、澄んだ原生湖と月。夜静まった生き物達。本物の野性の輝きを放つ光と・・・。
サザ波が立つごとに美しい波光が現れては消え、また現れては消える。視覚の三重奏。
シンプルでムダのない演奏は続く。
次回の満月は、8月30日。今度はほとりに、人の気配や山小屋のない、
はるか山の上の完全な原生湖や地トウでみたいという願望が生まれた。
それはどこか? 白馬大池も野反湖も、ミクリガ池も尾瀬沼も、山小屋はあるが・・・。
苗場山頂湿原か、芳ケ平か・・・。こんなふうに探してみるのもまた旅の楽しみの一つだ。
山はすでに秋で、寒さもより厳しくなるんだろうなあ。
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