ダイビングをしながら書きためたエッセイのほんの一部です。17年間、世界中の海を潜ってきた気憶の水底には、まだ沢山の物語が眠っています。機会を見つけて、また発表していきたいと思っています。

vol.1 観客のいない(小さな役者達が踊る)劇場
vol.2 青い水惑星を飛ぶ鳥(X-RAYの残像)
vol.3 音のない視覚だけのシンセサイザー(コードno.G7)
vol.4 コバルト60のポイズン(視界のパヒューム)
vol.5 水の宝石(翡翠「ひすい」の軌跡の中に)



「フミツキ」、今回の旅で最後に見たレック(沈船)…。ここトラック諸島は世界一の沈船のメッカで、数多くの船が海の底で眠っている。ただこの船は、他のポピュラーな沈船と比べて、何か一味違ったものを持っていた。

「凛」としたたたずまいに吸い寄せられるように下降する。ボトムで40〜50mぐらいか。それほどの大深度ではないが、不思議な「静寂」を持つレックだ。静かに時を刻む海の底で、「人工物」という異物が、太古から変わらぬ「生命力の濃い海」とハーモニーを奏で、ひとつの「場」を形成するかのように。自らのテーマが「終焉の後に」であるだけに、それ自体「文明の廃墟」として存在しているかのように感じられる。
それほど青い空間ではない。ただ不思議とにごりを感じさせない空間に、生命の花が至る所に咲いている。スーとウメイロの群れが横切り、色彩の旋律を奏で舞台を演出する。静かで、そして観客のいない、ここは小さな劇場。すでに「人工物」にほとんど興味を感じられなくなった自分に、それはどの造形物よりも美しいオブジェに見えてくる。さあ、ゆっくりと見て回ろう。

真っ暗な船室の中を覗くと、10坪ぐらいの空間であろうか。反対側に光が漏れている。恐る恐る中に入り、光の照明の映し出すささやかな舞台に我を忘れて見入ってしまう。テンジクダイの群れがその光のビームの中で静かに舞っている。光と影の恐ろしく強度の強い影像だ。生命に残された最後の本能があるとしたら、光のあたる中で自らの姿をくっきりと浮かびあがらせることではないか。
…どのくらいたったのだろうか。ふっと我に返ったのだが、それは一瞬だったのかもしれない。「見る事の原点」がそこにはあった。濃い大気の圧力と風と温度を感じながら、その身体性に基盤を置く「ライブ」の劇場こそ、ダイビングにのめり込む要素であろう。アンダーグラウンドならず、アンダーウォーター。カウンターカルチャーとしての確かな劇場がそこにはある。

また戻ってこよう、トラック・・・。自分にとってはある作家の小説の影響を受けて、パラオと同じぐらい深い響きを持つ所だが、今回の旅で更に新しい可能性を感じた。ここは水の中のコロッセウム。人知れず眠る遺跡。そして、パーソナルな自分だけのレックを求めて。

-----ミクロネシアのとある島にて